一昨年の秋に、家族で「ブルーメの丘」へ向かう車の中で、
転勤になり、単身赴任している旦那さんをもつ友人の話をたまたま
したところ、「そうか・・・でもね、僕ももそうなるかもしれないよ。。」
と言われて「えっ?」と思った。時間が経つにつれてだんだん気になる。どの風景も目にうつっているけど、感動することができない。
結婚して2年後だったか?
大阪の会社と合併し、社名が変わった。
その後じわじわと大阪本社へ転勤になる人が増えていったらしいが、何の話もしてくれなかった。・・・。遂に自分にお呼びがきたらしい。
地元を離れるなんて考えられない私は愕然として、せっかくの
旅行も
「大阪・・・大阪・・・」という字が頭の中グルグル。。。
既に母が半身不随になっていたし、妹とも色々あってお盆や
お正月に実家へ泊まりに帰れるのか?とか、持病をもつ私はまた見知らぬ地で
病院探しをすることになる。
せっかく家の
ローンの支払も終わったのに。
住めば都とはいうけれど、大阪・・・う〜ん。
ところが、ひとまずそれから話を聞かなくなり、私の鬱々も数週間というところで「辞令が降りた訳でないし、断るだろう」とタカをくくっていた。ただ、
テレビなどで大阪の特集などが放映されたり、高速道路で大阪ナンバーの車を見るとドキッとしたり・・・は、ずっと続いた。あれからどうなったの?とも怖くて聞けない。転勤族の妻が「判決を下される思い」と言ってるのを耳にしたことがあるけど、これがまさにその思いなんだなぁ、と痛感。
あれから約2年。10月の下旬、「帰宅が遅いなー」と先に寝る準備をしたら、
携帯にメールが入る。「これからの仕事のことで悩んでいる・・・」実はまだ話は続いていたが、とうとう決断を下さないといけない時がきたらしい。私もある程度はまた話が来るだろうとは思っていたが、一昨年とはまた周りの状況が変わってきていて、もうこの地を動く事が難しくなってきた。旦那も解っていたのか、自分が単身で行くのは当然と思っていたようだ。それでも平日に
お父さんがいるのといないのではやっぱり違う。
来年1月1日付で、色々な部署の移動や人事移動がある。今週は大いに悩んだ週だった。最終的には本人の仕事がやりやすい様に決めることだし、お互いに家であれこれ話合う事は敢えてしなかったが、本社から「週の半ばには正式に返事が欲しい」との事で、ついに、本社勤務を決断した。ただ、以前は「いつ帰れるかわからない」と言っていたのが「とりあえずは一年位」という話だそうだ。
パパっ子の娘(小3)が嘆く。「絶対1年後に帰ってきてよ〜!」。
「もちろん!金曜の夜に
名古屋に帰って、月曜の朝に大阪に戻るからね〜3泊4日にするよ!」・・・しかし、二重生活の上、交通費が

ローンがないだけ良かったが、どこで切り詰めようか。。
話は変わるが、木曜に教会の祈祷会で昨年映画館で見た「マリア」のDVDを見た。 「このお腹の子(イエス)がいつ生まれるかは神様が決めることですから・・・」この信仰深いマリアの言葉が胸に響いた。そう何事においても「神様がお決めになったこと」。まだまだ半人前クリスチャンの私はいつまで経っても、何かあると自分の思いが先に立って周りが見えなくなってしまう。信仰的に成長するチャンスでもあると思い、1年後に夫が名古屋に戻ってくるのを信じて祈り続けていようと思う。
posted by のんのん at 21:11| 愛知

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